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響き合える誰かに出会えるまで、母はスパルタにも耐える丨 @akitect #今日もLINEからつながる

外での仕事を終えて、自宅にいる娘に「今から帰るよ」とLINEを送る。するとすぐに返事が届いた。

「まってるよ!!!」
「おつか!!!」
「れ!!!」

驚き過ぎ、細切れ過ぎのLINEが立て続けに3通。ブルブルっと連続してスマホが震えると、何か大変な事件でも起きたのかとつい身構えてしまう。けれど大体の場合そこにはなんら事件性はなく、あるのは娘からのただの返事、もしくは報・連・相だ。百歩譲ってビックリマークを多用したかったとしても、なぜ「まってるよ、おつかれ!!!」の1通ではだめなのか。なぜ細かく刻むのか。これが今のティーンのやり方なのか。解せない。解せないけれど娘のLINEはいつもこうだ。

「コンビニのチキンが!!!
「どうしようもなく食べたいので」
「もしよければ」
「買ってきてくれると嬉しいな!!!」

別の日のLINEはこんな風だった。誰に似たのか娘は遠慮深い。そのため出先の親に買い物を頼むときにも「もしよろしければ」と、細やかな配慮を添えるのを忘れない。「買ってきて」ではなく「買ってきてくれると嬉しいな」と相手方の気を悪くさせない頼み方さえ心得ている。が、これもやはり、謎に3通に分かれている。

娘は去年の夏頃から色々あって学校に行かなくなったため、曜日を問わず、常に家にいるようになった。最初のうち私もこの事態を深刻に受け止め、一体どうしたものかと娘と話し合いに次ぐ話し合いを重ねたりもした。けれど、何しろ娘はとんでもない頑固者で、一度行かないと決めたらテコでも行かない。なおかつ学校に行かないことで原因不明の体調不良が治ったり、興味のあることを勝手に見つけていきいき探求し始めたりしたので、なんだかんだいって元気が一番か、ということで学校に行かない人としての市民権を獲得、健やかに家の中で過ごすようになった。

それ自体は決して悪いことではないのだが、ティーンが通学や学校や友人関係で消耗せず長い時間を家で過ごすということになると、深刻な問題として、エネルギーが有り余ってしまうのだ。

朝から「おはよう!!!」「お腹すいた!!!」「聞いて聞いて!!!」と、発する言葉の語尾に常時“!!!”が付いている。さらに、日が昇るにつれノってくると、インターネットや本から独自に得た興味関心が矢継ぎ早に放たれる。

「見てこれ可愛くない!?!」
「今度あそこに行きたい!!!」
「このニュース見た?!?」

娘はやはり遠慮深いので、こちらのタイミングには十分な気を使ってくれる。自宅仕事をする私がパソコンのタイピングの手を止めた瞬間、あるいはソファに深く座り込んだ瞬間など、仕事が一段落しそうなタイミングを根気強く待ち構えている。心遣いは大変ありがたいのだが、私は私でただ涼しい顔をしてパソコンの前に座っているようであっても、あるときには原稿のネタに悶々と思い悩んでいたり、あるときには土下座の絵文字を乱用して締切までに原稿が書けていないことを謝罪していたり、またあるときにはTwitterで思わぬ角度から飛んできたいわゆるクソなリプにカッとなり、一体どんな返事を返してやろうかと鬼の形相で企てていたりと、頭の中は常に忙しく働かせている。そんな忙しさからひとまず頭を冷却しよう、と顔を上げた瞬間、大人の比じゃないティーンのエネルギーでもって集められた情報を総受けするということで、これは想像以上にタフな仕事なのである。Twitterから離れようと視線をそらすと、そこにTikTokが待ち構えているようなものなのである。しかし学校に行っていない彼女の人間関係は限られている。私しかいない、と思うと、こちらがどんなに疲れていようと、多少なりとも受け止めてやらねばとも思う。

そこで「おーかわいいじゃん」「いいね行こう行こう」「見た見た、大変だねえ」と一つ一つ打ち返す。「へー」とか「やばいね!」とかだけに頼りすぎていると娘はあからさまにしょんぼりするので、生返事とは受け取られないように、シンプルだができるだけ心を込めて返事を返す。すると娘は満足そうな顔をする。娘が嬉しそうにしていると私も嬉しい。しかし喜んでいるのもつかの間、次の話題がもたらされる。再び打ち返す。再び投げられる。なのでやっぱり打ち返す。10代の体力でもって収集された膨大な情報をアラフォーの体力で打ち返すスパルタな千本ノック。血も涙もないこの勢い、既視感があるぞ、と思えばそう、娘のLINE話法である。勢いの良い矢継ぎ早。あの謎の話法はまさに、抑えようにも抑えきれないエネルギーの発露だったのだ。

そんな娘が今年、フランス留学に旅立つこととなった。渡航先も、代理店も、すべて自分で見つけてきた。もともとは4月に渡航予定だったが、予期せぬ新型コロナウィルスの流行により8月に延期になった。いつも家にいてこちらがぐったりするほどのパワーを放出させていた娘がいなくなるわけで、出発後は寂しくなるなぁ、なんて思っていた。……が、それは杞憂であった。なにしろ海外にいても、インターネットさえあればLINEは使えるのである。

「おはよう!!!」
「今休み時間!!!」

現地の語学学校に通いだしても尚、例によって娘のパッションはほとばしっていた。ましてや周囲には言葉が通じる人が誰もいないので、言いたいことを伝える場を持たない娘は例によってやはり、怒涛のLINEを送ってくる。これに加えて、隙あらばLINE通話をかけてくるようになった。

遠い異国の地でさぞ寂しかろうと、私も最初のうちは通話にもできる限り応じ、メッセージにもひとつひとつ返事を返していた。娘が家にいたときと同じ、千本ノックのように。けれども次第に、それではあまり良くないのではないかという思いがうずまき始めた。

ここは自分の居場所ではないと思うとき、それはきっと、そこに自分を受け止めてくれる人が誰もいないし、これから先もおそらく誰も現れないだろうと、すべての希望を失ったときだろう。日本で通っていた学校に居場所を見いだせなかった娘は小さな体で失望し、きっと私から見えている以上に深く傷ついた。だから、傷を癒やす時間が必要だった。回復し、もう一度外に希望を探しに出かけられるようになるために、十分な時間が必要だったのだ。けれどもその時間はもう終わった。彼女の小さな発散を私がすべて受け止めている限り、何が何でも目の前の人に自分を受け入れてもらわなければという切実さの風船は膨らみ切れないかもしれない。それでは、娘が勇気を出して家を出た意味がない。

そこで私は、娘のLINEに返事をする頻度を少しずつ減らしていくことにした。もともとは千本ノックだったものを、八百本ノックに減らし、五百本ノックに減らした。心を鬼にして……と、言いたいところだが私にも私の生活があり仕事があり、なんだかんだ忙しいので娘へのLINEの返事の頻度を下げるくらいでは別に心を鬼にするまでもなかった。ただ、あなたはあなたで頑張りなさい、と心の中ではいつも祈っている。すると不思議なことに、私の思いを察したかのように、娘からのLINEの回数もだんだんと少なくなっていった。

娘の渡航から1ヶ月。語学学校での研修期間が終わり、本格的に現地校での学生生活が始まった。娘の入る寮では基本的にはスマホが使える時間が限られているらしい。いよいよフランス生活本番だ。

そんなあるとき、「今LINE通話できる?」と娘から久々に通話の誘いがあった。日本時間の夜19時頃、フランスではお昼の時間で、娘は学校にいるはずだ。かかってきたビデオ通話に出ると、画面の中には私の知らない場所に佇む、よく知っている娘の姿があった。

「今はお昼休み中。こっちの昼休みって2時間くらいあって暇なんだよね。寮だと夜の決まった時間しかスマホを使わせてもらえないの。でもそれだと時差でお母さんに電話できないし、私はまだフランスの生活に慣れていなくて心細いから、お昼休みにスマホを使わせてほしいって寮長さんに交渉したの。辞書を使いながらなんとか説明した。そしたら特別に許してくれたんだよ」

私はつい笑ってしまった。私の心配をよそに娘は見知らぬ土地で、思いがけないたくましさを発揮していたのだ。焼き肉が恋しい、肌が荒れて悲しい、東京事変が出る日本の番組が見たい、日中スマホ使えないなんて信じられない、と次から次へとぶつぶつ文句を言うその様子さえ、なんだか頼もしく感じられた。これほど環境が変わっても、娘は呆れるほど娘のままでいた。だから安心した。娘はきっと大丈夫だと思えた。

“人は誰しも他者と響き合いたい”
先日、知人からそんな言葉を聞いた。誰かに自分の言葉が届くこと。誰かがそれを受け止め、心のこもった言葉を返してくれること。自分の言葉が、自分の存在が、他人と響き合うこと。このシンプルなやり取りに、私達は思いのほか生かされている。だから娘にはこれから先一人でも多く、彼女の言葉を受け止めてくれる人に出会ってほしい。投げかけた言葉を誰にも受け止めてもらえず傷ついたとしても、時間をかけて傷を癒やし、自分は自分のまま、まだ見ぬ誰かに何度でも会いに行ってほしい。そして、あなたにはそれができる。

……と母は、今日も娘のLINEをところどころ既読スルーしながら心の中で祈っている。

TEXT:紫原明子( @akitect
エッセイスト。1982年福岡県生。
著書に『家族無計画』(朝日出版社)『りこんのこども』(マガジンハウス)がある。Twitter: @akitect

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